HPC研究(志望)者のためのアメリカ国立研究所案内

私は2017年よりアメリカエネルギー省管轄の Lawrence Livermore National Laboratory (ローレンスリバモア国立研究所、LLNL) という研究所に勤務してHPCに関する研究開発をしています。その前は理研で研究チームを運営していました。この記事では主に日本でHPCに関連した研究をされている学生やポスドクなどの若手研究者を対象にアメリカの国立研究所という研究環境を紹介し、国内と比較しながらメリット・デメリットなどをまとめたいと思います。

LLNL全景launch

目次

LLNLおよびエネルギー省研究所

LLNLはサンフランシスコから東へ1時間ほどのカリフォルニア州リバモアという街に位置し、全体では7000人ほどの人員で国防を含む様々な研究開発が行われています。私はCenter for Applied Scientific Computing という100人ほどの部門に所属しており、スパコンなどのHPCに関する研究開発に携わっています。この部門以外にも Sierra などの最先端のスパコンを使ったHPC関連の研究開発は所内全体で行われており(2019年のSC19でのベストペーパー賞を受賞した研究など)、さらに毎年夏には学生インターンがアメリカ内外から数多くやってきてます。

LLNLはエネルギー省管轄の研究所ですが、同様の研究所は大小あわせて全体で13カ所ほどあり、このうちHPC系の学会などでよく名前を聞くところはArgonneLawrence BerkeleyOak RidgePacific NorthwestSandiaLos Alamosあたりでしょうか。このうち最初の4つはサイエンス系、LLNLおよび後者2つは国防系に分類されます。両者の違いは全体としては前者がボトムアップの基礎研究志向、後者が国防を中心としたトップダウンのミッション指向と言えると思いますが、実際にはそれぞれの研究所で基礎研究から応用研究まで行われており、どこも大学よりは比較的応用より、民間企業研究所よりは基礎研究よりといったところかと思います。これらの研究所はそれぞれ競争関係にありつつも共同での研究開発も活発に行われており、たとえば現在世界1位の規模を誇るスパコンSummitと2位のSierraはORNLとLLNLでの共同調達です。

Sierralaunch

研究所のポスト

研究所には主にインターン、ポスドク、スタッフのポジションがあります。インターンは学生を対象としたもので、LLNLでは高校生インターンもいるようですが、研究レベルに携わるのは主に博士課程の大学院生です。通常はアメリカの大学夏休みである5月頃から8月頃までの3ヶ月ほど従事するパターンが多く、この時期は研究所全体で千人規模の学生が従事しているようです。5月に開始する場合は例年1月頃までに応募する必要があり、これからだと時間的に難しいかもしれませんが、通年募集なため必ずしもこの時期にあわせる必要はありません。期間も3ヶ月である必要はありませんが、あまり短いと大したことはできないので最短でも2ヶ月は見るべきでしょう。インターンの最終目標は研究成果の論文発表です。期間中に論文が書けてしまえばそれに越したことはありませんが、そうでなくても大学に戻った後も引き続き共同研究をすすめて論文完成というパターンも多くあります。このページも参考にしてください。

ポスドクはLLNLでは学位取得5年以内の博士研究者を対象としたポジションで、任期は最長3年です。ほとんどは研究プロジェクト毎に不定期に募集がかかるため特に決まった開始時期などはありません。採用される一番確実な方法は学生の際にインターンで来てコネクションを作ることですが、そうでなくても博士論文の成果がきちんとあればそれほどハードルは高くありません。一方で、任期が最長3年と決まっていますので、研究所での研究を継続したい場合はポスドクの期間内に任期無しのポジションであるスタッフに昇格する必要があります。スタッフへ昇格するためにはポスドク期間中に論文等の研究成果をあげられたかだけでなく、将来的に研究所への貢献がどれだけ期待できるかなど総合的に判断されるようです。このページも参考にしてください。

スタッフは特に任期のない研究ポストです。採用プロセスなどはポスドクと大きく変わることはありませんが、ハードルはだいぶ高くなります。すでにある程度研究者として認められていることが最低でも必要です。なお、任期無しといえど終身雇用のようにポストが保証されるわけではありません。LLNLが位置するカリフォルニア州ではいわゆる at-will の雇用関係なため、いつでも理由なしに即時解雇される可能性があります。アメリカの民間企業では普通にある話ですが、国研ではさすがによっぽどのことがない限りクビになったりはしないようです。

待遇は給与情報サイトGlassdoorによるとインターンで$6K/monthポスドクで$100K/year弱のようです。日本での同様のポストに比べたら額面としてはだいぶ高いと思いますし他の国研に比べても恵まれているようですが、物価の違いを考慮すると決して高給というわけではありません。なお当然ながら短期のインターンといえでも世界中からの往復渡航費でますので持ち出しになることはさすがにないと思います。

メリット・デメリット

これら一連のアメリカ国研群のメリットですが、やはりなんと言ってもHPCの研究開発の世界的な中心地であり、人員、資金、設備等、様々な意味でスケールが違います。スケールが大きいということはそれだけ広範囲の研究がされていることでもあるので、まずどこかの研究所には自分の興味に合致した研究を行っているグループを見つけることができるでしょう。常にインターンやポスドクが数多く募集されているのでアメリカ国外からも含めて入ることはそれほど難しくありませんし、一度でも査読付き国際学会論文を書いた経験があれば十分やっていけるでしょう。また、単に研究成果をあげるだけでなく国際的な人脈作りにも優位です。将来的な研究者としてのキャリアパスを考えたときに、そのままアメリカにいようと帰国しようと若い時から国際的な人脈をもっておくことは必ず役に立ちます。卒業後はアカデミアではなく民間企業を志望されている場合でもアメリカ国研インターン経験有りというのはプラスになるでしょう。

その中でもLLNLはスパコンセンターしての長い歴史に基づき、研究開発においても抜きん出た場所です。応用数理的な話からシステムソフトウェア的話まで幅広くコミュニティをリードする研究開発が行われており、シリコンバレーとの距離的に近さを活かした企業との連携も日常的に行われています。また、同様に地理的な話ですが、アジア系の多い西海岸に位置し、サンフランシスコベイエリアに近いことは日本人としては「比較的」住みやすい場所です。リバモアは田舎で市内には残念ながらこれといったものは何もありませんが(強いて言えばワイナリーぐらい)、隣町まで行けばユニクロなどもあり、サンノゼあたりまで出ればたいていの日本のものも入手可能です。(「比較的」と書いたのは他の国研がある場所と比べてという意味で、東京などの都会から来ると不便さにうんざりするかもしれません)

国研は大学に似た部分もあれば民間企業に似た部分もあります。大雑把にいえば基礎研究的なアカデミア色の強い研究は大学、それらの応用を行うのが民間企業ですが、国研はその間に位置づけられると思います。HPCに関して言えば民間で研究色の強いことをしているところは非常に限られるので、将来的に研究を続けていきたいのであれば大学や国研のポストを探すことになるでしょう。ポスドクであれば大学だろうと国研だろうと大きく変わることはあまりないかもしれませんが、大学教員となると限られたポストに運良くつけた場合、自ら研究の方向性を定めて進めることができる一方、実際の仕事は学生を指導して研究させることが主眼になるでしょう。逆に、研究所では自分で手を動かす時間がある一方、多数の人員で進めるプロジェクトの歯車でしかなく感じる場合もあるかもしれません。どちらが良いかは人それぞれの指向によるでしょう。

日本国内の研究環境と比較した場合、どちらが良いかどうかはこれも一概には言えませんが、学生を含む助教ぐらいまでの若手であればアメリカに来ることを強く勧めます。すでに自分のやりたいことをやりたいように進められるポストにいるのであれば無理に違う環境に行く必要もないでしょうが、そうではなく、これからまだ自分のスタイルを確立していく段階にいるのであれば、HPC研究コミュニティの中心で得られる若い時の経験は代え難いものがあると思います。実際に私の出身研究室の後輩では4人ポスドクに来ていましたが、帰国して理研チームリーダーになるものもいればそのままアメリカの民間で活躍している人もいます。私自身は博士学生のころに一年間ウィスコンシン大学に研究留学していましたが、その後日本で学位取得後10年弱は東工大と理研にいました。それらは幸いにも自分のやりたいことが出来る環境だったのですが、きりのいいタイミングでLLNLに移籍して今に至ります。

アメリカに限らず海外への転職や引越は特に家族同伴だと大変な労力を伴いますし、それはそのまま一時的とはいえ研究に費やせる時間の減少、研究成果創出スピードの低下につながります。金銭的な待遇は日本よりだいぶ良いですが、実際の生活コストを考えると一概には言えません。アメリカは公共社会インフラが驚くほど貧弱なので、個人個人の持ち出しが大きくなりがちで、特に子供連れだとなおさらです。そもそも家族がいる場合に渡米に同意を得られるかどうかもあるでしょう。私自身はそれでもアメリカに来れたのは幸運でしたが、興味があるのであればやはり身軽な若い時にチャレンジすることをおすすめします。

入るには?

興味を持ったらまずは受け入れてくれそうな人を学会などで見つけてコンタクトしてみましょう。人を探す際には以下を考慮すると良いでしょう。

  • 自分のやりたいテーマに近いことをやっている
  • 主要な学会で論文を発表している
  • 指導教員や先輩などのコネがある

1点目、2点は特に説明の必要はないと思いますが、やはりSCなどの主要な学会で論文発表、特にインターンの場合は大学と国研の共著で筆頭が学生の発表があるところが狙い目です。そのような論文は多くがインターン学生による成果ですので、それが採択されて発表されているということはインターンの学生を研究指導して論文発表までつなげることが出来ていることを意味します。学会などで目にする人は大概そうですが、念のため論文リストなどを確認すると良いでしょう。ポスドクの場合も同様に論文リストを見れば過去にその人のところにポスドクがいたのか、そのポスドクが論文発表が出来ていたかどうかを確認できるでしょう。

3点目は特にインターン志望でまだ自分自身の実績がない場合は必須です。受け入れる側からすれば、まだ英語論文などもなく誰からの紹介も無い学生を受け入れるのはリスクが大きいです。そのような場合はまずは指導教員の紹介でどこかに送り込んでもらい経験・実績を積み、翌年はそれをもって自ら違うところにあたることも可能でしょう。コネが使えない場合はやはりまずは論文などのアピールできる実績を作る必要がありますが、一本でも良いのでちゃんとした査読論文があればどこかには受け入れてくれる人が見つかると思います。LLNL等の国研に興味あれば私が何かアレンジできるかもしれませんので気軽に連絡してください。

まとめ

  • インターンやポスドクは期間限定で大きなコミットなしにアメリカでの研究、生活を体験できる絶好の機会。家族などの都合に問題がなければ気軽にやってみるべき
  • HPCやってるのであれば国研がおすすめ
  • 指導教員などのコネがあれば使わない手はなし。ない場合はまずは実績を。